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2021.06.01

セクシー歌謡全盛時代(3)

text by 馬飼野元宏

歌謡史の裏街道的な扱いを受けながらも脈々と生き続けてきたセクシー歌謡の100年をまとめた『にっぽんセクシー歌謡史』が発売された。奥村チヨや山本リンダといったセクシー系歌手のルーツを探り、その進化と変貌のプロセスを検証した大作である。本書の中から「セクシー歌謡全盛時代」の章を5回に分けて丸々公開する。ぜひご一読いただきたい。

「第3の女」 安西マリアの行状録

 山本リンダや夏木マリに関しては、別項に詳細なヒストリーを書いているので、そちらを参照していただき、状況説明のみに留め、本章ではまず「第3の女」安西マリアについて記したい。

 本名・柴崎麻里子。1953年東京生まれで、祖父がドイツ人というクォーターである。都内の高校を卒業後に、銀座のクラブ「徳大寺」でホステスを勤めていたところを、スカウトマンとして名高い上条英男にスカウトされ、歌手デビューを果たした。
 デビュー曲「涙の太陽」は、65年にエミー・ジャクソンが歌った曲のカヴァーだが、これは英語詞であったため、日本語詞で歌われた同年の青山ミチ版のカヴァーというのが正式だろう。エミー版、青山版とも、当時のトレンドであるエレキ歌謡のサウンドがベースになっているが、マリア版は川口真によるホーンを主体にしたファンキー・アレンジで、70年代的なアップデートがなされている。
 「安西マリアは、最初から歌はきちんと歌えた人だった。「涙の太陽」のレコーディング前に僕が即席でレッスンしたけれど、それ以外は特になかった」
 ディレクター草野浩二は上記のように語る。当時のキャッチフレーズは「チョコレート・マリア」、これは上条英男の考案で、デビュー時の宣材にも記載されているが、あまり定着はしなかった。
 「夏のイメージで売りたかったから、日に焼いて来いってハワイに1週間ほど行かせたんだ。ジャケットの写真はたしか千葉あたりの海で撮影したんだと思う」
 レコード・ジャケットはブルーのTシャツにショートパンツ姿のマリアが水に濡れている写真だが、よく見ると下着が透けているのがわかるがこれは偶然の産物だったそう。
 そして、意外なことに、顔の横で手をヒラヒラさせる「涙の太陽」のフィンガー・アクションは草野ディレクターの考案だったという。それ以外の動きは上条が手がけたそうで、よくよく見ると確かに、「ギーラギーラ」のフィンガー・アクション以外のフリは、横に身体をスライドする動きなど同じ上条が手がけたゴールデン・ハーフのフリと共通したものがあるのだ。

 「涙の太陽」はオリコン14位まで上昇するヒットとなったが、勝因は「夏の女」に照準を定めたこと、フィンガー・アクションの起用により夏木マリ、金井克子らと一緒に話題となったこと、曲自体が8年前のカヴァーと、「なんとなく覚えている」大人層には懐かしく、この曲を知らない若い層には(川口アレンジの功績もあるが)新鮮に聴こえたのだろう。また「夏の女」には同じ時期に「絹の靴下」で脚光を浴びた夏木マリがいたが、安西マリアのほうは少し若く見えたので、ファン層がそこまで被らなかったように思う。実際は1歳しか違わないのだが、夏木マリはもう当時から熟れ切った女ざかりのイメージがあったのだ。

 同年にはファースト・アルバム『マリア登場/涙の太陽』がリリースされるが、ここに収録されているのはほぼ洋楽カヴァー。「ビー・マイ・ベイビー」「ボーイ・ハント」「砂に消えた涙」など鉄板のオールディーズが収録されており、この辺もゴールデン・ハーフと同じく草野ディレクターの嗜好が取り入れられている。その中でも「ゴーカート・ツイスト」のノリの良さ、ロックンロール感度の高さは特筆すべきものがある。また鍵山珠理の「涙は春に」をカヴァーしているのも、草野が気に入っている曲だから、ということだが、山本リンダも『涙は紅く』でカヴァーしているので、別にセクシー歌謡でもないのだが、妙にそういう歌手との親和性の高さがあるようだ。ジャケットはバイクにまたがるマリアの姿で、この辺もロックンロール的。

 2作目「愛のビーナス」からは作詞:千家和也/作編曲:鈴木邦彦になり、このコンビで3作連続シングルを手がけていく。「愛のビーナス」はちょっとフィリー風味も入った歌謡曲だが、3作目「針のくちづけ」はこの時期の鈴木邦彦が得意なブラス・ロック歌謡で、歌詞も歌い出しから「殺したいと思うことがあるわ」とドッキリするようなフレーズが登場(あなたが好きすぎて殺したくなる、という意味)。そして何よりジャケットが凄い。素肌に黒の毛皮で、水商売っぽい雰囲気が前に出てきている。いい女であることは間違いないが、「夏女」の冬仕様というところだろうか。

 デビューから1年が経過しての74年5月5日には「早いもの勝」をリリース。これが最もセクシー路線に迫っていった楽曲で、曲想は夏らしくラテン。ホーンとパーカッションがノリノリで盛り上げる中、奪い取るなら今よお!〜といきなり挑発的なキャラで迫る。夏木マリが同時期に出した「夏のせいかしら」もナイトクラブで踊る二人の熱烈な恋を描いており、この73年と74年の夏は私たちの出番よ!とばかりに盛り上げた時代であった。

 同年にはセカンド・アルバム『早いもの勝』をリリース。A面は「愛のビーナス」~「早いもの勝」のAB面(「愛のビーナス」B面の「泪にかえて」は未収録)に加え、1曲だけ「カーニバル」というサンバ調の曲が収録されている。B面の洋楽カヴァーはロックンロールナンバーで統一され、ことに「フジヤマ・ママ」「グッド・ゴーリー・ミス・モーリー」「ビー・バップ・ア・ルーラ」の上手さには舌を巻く。他のセクシー歌手にない安西マリアの特徴としては、ロックンロールが上手いこと、そして「不良性」にあったと言えるだろう。この不良性は夏木マリにもあったが、彼女の場合はスケバン的な縦社会の中でのし上がっていくタイプ(あくまでイメージだが)なのに比して、マリアの場合はもっと本来的な不良性、遊び人感覚を備えていたように思う。これは、上条英男がスカウトしてきた女性シンガーに共通する点で、小山ルミ、ゴールデン・ハーフ、安西マリアと、いずれも男に媚びず、ディスコやゴーゴークラブでフリーダムに遊んでいるような女の子がたまたま芸能界に入ってきたような感覚を持ち合わせている。

 その才能が爆発するのが同年9月5日発売の第5弾「恋の爆弾」で、作詞:安井かずみ/作曲:かまやつひろし/編曲:柳田ヒロと、作家陣が完全に東京のオシャレな遊び人たち。ジャケットもマイクを持ち、ウエスタン風の裾の短いワンピに黒いブーツを履いたマリアの後ろでフラワー・ファッションのヒッピー風の男がのけぞっているという強烈なビジュアル。ジャケットのサイケ度の高さに比例するかのように楽曲もノリノリのロックンロールナンバーであった。B面「エンド・マーク」もディープ・パープルのサウンドを下敷きにしたハードロック歌謡の先駆けで、終わった恋を軽やかに歌い飛ばす不良感満載の1曲。「恋の爆弾」のタイトルは最初から安井かずみが付けてきたそうだが、このタイトルに合わせ、東芝は実際におもちゃの爆弾を宣材で作った。筒から芯管をスポッと抜くとハンカチが飛び出すというグッズだったが、スタッフの誰かが悪戯をして首相官邸前に置いたところ警視庁がすっ飛んできて騒ぎになった、というエピソードもある。当時の東芝レコードは首相官邸の真下、溜池交差点脇にあったのだ。

 6作目「あなたに敗けそう/遠い愛情」はなかにし礼=井上忠夫=川口真のトリオで、両面ともオールディーズ歌謡。井上がマリアに書きたいと言ってきたそうだが、詞がなかにし礼のせいか、奥村チヨ風のお色気ポップスになっている。女のほうから好きと言わせるなんて悪い人、という発想はもろにそうだろう。井上忠夫なら「恋の爆弾」に比肩するロックンロール歌謡が作れたはずなのだが惜しい。その分ジャケットは赤のホリゾントにピンクのモヘアで胸の部分を隠したド派手なもので、カールさせた髪がゴージャス。

 安西マリアはちょうどこの時期からドラマにも出演し始め、印象深いものは74年5月から参加したTBSの『バーディー大作戦』のミッチー役。映画『ルパン三世 念力珍作戦』にもチラッと顔を見せている。ただ、役者として見ると年齢よりも子どもっぽく見えてしまうせいもあり(というより、役者の世界はこの時代、実年齢より上に見える、熟れた雰囲気の女優たちが多かったので、歌でセクシーを表現してもそれが演技に反映されることはなかった)、普通の美人スターという程度にとどまった。

 もうこの時期になるとセールス的には低迷しており、75年7月の「涙のジャニー・ギター/モナリザ」と、同名のアルバムを最後に、東芝との契約を切られ、ビクターに移籍する。最後の曲も夏の勝負曲とは思えぬ、古いカヴァー曲だし(何しろ54年のハリウッド映画『大砂塵』のテーマ曲である)、アルバムもまたしても全曲カヴァーなので、ハナから勝負を諦めてしまった感もある。
 だが、このアルバム『涙のジャニー・ギター』の中に面白い曲がある。1930年代のジャズのスタンダード「素敵なあなた」を、原曲のイディッシュ語でカヴァーしているのである。曲調もロックンロール風にビートを強めたアレンジで、これはなかなかの聴きもの。安西マリアの洋楽カヴァーは、アレンジが拙速であまり詰められていない感があるのでなかなか評価対象になりづらいが、彼女の歌とノリは一級品である。

 そして、東芝からビクターに移籍した安西マリアは、前作からまる1年空いて76年8月1日に「サヨナラ・ハーバーライト」で歌手復帰。作詞が不良歌謡ならこの人・橋本淳で、作曲は響わたること杉本真人。編曲にあかのたちお。曲想は「涙の太陽」再びというか、夏女のイメージを強調し、前サビの「あなたは今も今も...」のリフも面白い。歌い方も少し色っぽくなり(「一度だけと」を「いちど、だあけとぉーん」と歌うなど)、夏の女復活!を印象付けた。テレビ出演も多くなり、「早いもの勝」以来2年ぶりにオリコン・チャートTOP100に顔を出すスマッシュ・ヒットとなる。この直前には松田優作主演の東映映画『暴力教室』で生徒にレイプされる女教師を演じている。

 次の「センチメンタル・グループサウンズ/やけっぱちロック」も橋本=響のコンビ(編曲は馬飼野康二)によるミディアムの不良ロックンロールで、A面の曲調にはキャロルを意識したようなムードも。ここでもキャラ設定は遊び人風で、GSの追っかけをしていた女が青春時代を回顧しているような内容で、散ってしまったアイドルに抱かれたこともあったわ、とゲゲッ!と思わせるフレーズが飛び出してくる。橋本淳と言えばGSの世界観を構築した作詞家でもあるので、妙なリアリティとともに、平山三紀にも通じる「不良娘のその後」が描かれていて面白い。むしろ実際にタックスマンの追っかけをしていた夏木マリに歌わせたかった。

 77年7月1日、デビュー5度目の夏を迎えたマリアは中山大三郎の作詞・作曲による「南十字星」で再び夏女としての勝負をかける。だが、この曲は意外にも倦怠期の男女が再び燃えあがるために海に行きましょうよと誘う歌。ピンク・レディー旋風が猛威を振るう77年夏に、夏女のギラギラしたセクシー歌謡は通用しなくなっているのだろう。

 このビクター時代にもマリアは1枚アルバムを残している。77年の『マリア・グラフィティ』という作品で、例によってA面はシングル3枚のAB面、B面はオールディーズのカヴァーというおなじみの体裁だが、B面は「ダイアナ」「カラーに口紅」など凡庸な選曲ながら、すべてディスコ・アレンジになっているのが面白い。マリア得意のオールディーズ、ロックンロールをビクターが得意とするディスコものに置き換えての折衷案だが、この路線でセクシー系ディスコ歌謡を極めてほしかった思いも残る。

 安西マリアはこの後、78年に来生姉弟作の「恋のスイング」を出しているが、これはB面の「アイ・ウォント・アイ・ニード・アイ・ラブ・ユー」が傑作! 荒木一郎=アイ高野のコンビによるロッカバラードで、こう考えると安西マリアはセクシー歌謡とロックンロール歌謡の間を行き来した、稀有なシンガーだったと言える。その両方が完璧に合致することはなかったが、「早いもの勝」~「恋の爆弾」の時期が両方のジャンルを上手く融合できたと言えそうだ。これ以降失踪事件を起こし、裁判沙汰となり芸能界を引退。実はこの時、次のシングルに予定されていたのが、いしだあゆみの「太陽は泣いている」のディスコ・アレンジ作だったようで、回りまわってこの曲は山内恵美子が「太陽は泣いている センセーション'78」としてリリースした。

 安西マリアは暫く姿を消していたものの、2000年代に復帰。ステージ活動を続けていたが、2014年3月に急性心筋梗塞で、60歳の若さでこの世を去った。

(次回更新は6月8日)