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2021.05.25

リットーミュージック

セクシー歌謡全盛時代(2)

text by 馬飼野元宏

歌謡史の裏街道的な扱いを受けながらも脈々と生き続けてきたセクシー歌謡の100年をまとめた『にっぽんセクシー歌謡史』が発売された。奥村チヨや山本リンダといったセクシー系歌手のルーツを探り、その進化と変貌のプロセスを検証した大作である。本書の中から「セクシー歌謡全盛時代」の章を5回に分けて丸々公開する。ぜひご一読いただきたい。

景気のいい時しか流行らないテーマ

 ここまで筆を運んできて、ひとつだけ言えることは、女性のお色気をテーマに据えた楽曲は、「景気のいい時にしか流行らない」ということだ。朝鮮戦争の特需景気の時期の「トンコ節」などお座敷歌謡の大流行、50年代後半、岩戸景気の頃の「お座敷小唄」の大ヒットやムード歌謡の隆盛、さらに60年代後半のいざなぎ景気の際の、園まりや奥村チヨの大ブレイクなど、お色気歌謡の興隆は、ほぼほぼ日本の好景気タイミングと重なっているのだ。

 ひとつには、「お色気」という文化が、経済的にゆとりのある層の楽しみである、ということも大きい。小金持ちが現れるのはどういう時期か、一般のサラリーマン層がお座敷やナイトクラブでの、芸者やホステスとの交流を楽しむにはどのくらいの収入が必要か、それが可能な社会とはどういう経済状況なのか。
 これは80年代以降も同じで、例えば土建屋が年に一度の団体旅行で、石和や鬼怒川などの温泉地でコンパニオンを上げて大騒ぎというのは、地方で温泉芸者が盛んだった時代とそう変わらぬバブル期の風景であったし、地方の観光地や温泉街に「秘宝館」が存在するのも、同様の理由による。観光とお色気はセットであった。お色気とは男性社会が経済を回していた時代の産物でもあるのだ。

高度経済成長期の終焉とセクシー歌謡

 だが、73年末から74年にかけてこの空気は一変する。例のオイルショックが日本経済を直撃し、高度経済成長はプッツリと終焉を迎えた。これに加えて小松左京のベストセラー『日本沈没』が映画化され、さらに『ノストラダムスの大予言』が大ベストセラーとなり、オカルト・ブームも相まって、日本全体をどこか不穏な空気が漂っていたこともある。好景気に裏打ちされた人々の豊かさが、急速に近い将来或いは世紀末へ向かう時代を意識し始めた結果、「漠然とつかみどころのない不安」が世相を覆っていた。

 音楽シーンも74年には一転して、内省的で暗い内容の楽曲が多くヒットを飛ばした。高護『歌謡曲』(岩波新書)によると、
 「七四年の第一次オイル・ショックで、永遠に続くはずだった日本経済の高度成長はあっさりと終焉を迎える。レコードの原材料である塩化ビニールの確保にさえ苦しむ状態だった」
 そして74年の代表的なヒットとして井上陽水『氷の世界』を挙げている。陽水の自己に向けた内省的な歌詞は、同年から翌年にかけての山口百恵、郷ひろみ、沢田研二、野口五郎らの諸作に大きな影響を与えたとも。実際のところ74年の大ヒットを挙げても南こうせつとかぐや姫「神田川」、殿さまキングス「なみだの操」、中条きよし「うそ」、山口百恵「ひと夏の経験」など、73年までのカラフルで多様性を伴った歌謡曲黄金期の色彩とは一転している。

 典型的な出来事としては、天地真理の人気急落がある。デビュー以来国民的アイドルとして絶大な人気を誇った彼女も、73年夏を頂点にピークアウトする。彼女は渡辺プロダクションの社是とも言える、高度経済成長期の日本が、そのポジティブで希望に満ちた未来を指向する象徴的存在でもあった。天地真理が歌う明朗快活な恋のときめきや愛の喜びといった楽天的な未来図は、オイルショックを経て、あっという間にリアリティを喪失し、人々の支持を失っていったのである。もちろん大人の歌手への路線変更に失敗したとか、後続のフレッシュなアイドルにその地位を脅かされたとか、複合的な要因があるにしろ、経済成長の鈍化が、彼女の描くドリーミーでハピネスな世界を「絵空事」にしてしまったというのはあるだろう。建前が崩壊しリアルなものを要求されるという点では、60年代後半、ベトナム戦争下のアメリカでニューシネマが盛んになっていき、オールド・ハリウッド的な性善説の映画を駆逐してしまったのと似ている。レコード産業の停滞という以上に、聴き手の側が憧れや驚きといった非現実の世界よりも、より実人生や生活感情に近い歌を欲するようになった結果でもある。では、好景気の勢いに乗った73年の歌謡曲シーンで、その一翼を担ったセクシー歌手たちはどうであったか。

 先行する山本リンダは、「真赤な鞄」でセクシー歌謡から一転、当時流行の「同棲もの」を歌う。続く「奇跡の歌」は、アニメ映画の主題歌という縛りはあったものの、これまたトレンドのオカルトをテーマにした楽曲で、得意のセクシー歌謡は同年8月の「闇夜にドッキリ」まで待たねばならない。

 一方、後続の夏木マリと安西マリアは好調で、74年夏までデビュー時の勢いを継続。ことに夏木マリは3作目「お手やわらかに」が「絹の靴下」のセールスを上回り、ことセクシー歌謡に関しては次第にノベルティ感が増してきたリンダに変わって、女王の位置に立ちそうな予感があった。「お手やわらかに」は自称アバズレが延々言い寄ってきた男に遂に落とされた、という歌だが、「絹の靴下」の高級娼婦的な雰囲気から一転、ヤンキー女の可愛げといった方向にシフトしたことで、大衆性をつかんだものと思われる。続いて夏の勝負曲「夏のせいかしら」を発表するものの、急病によって長期入院を余儀なくされ、露出が激減。これはアイドルの世界でも全く同じ時期に麻丘めぐみが同様のケースで74年は長期休業を余儀なくされた。麻丘のケースは日劇の舞台から転落した事故であったが、上り調子のセクシー歌手とアイドル歌手が、ともに停滞を余儀なくされたのだ。夏木マリは同年秋には復帰して「それからどうするの」をリリースするが、セールス面では退潮傾向になってしまった。実に惜しいことである。

 金井克子や内田あかりといったまた別路線のアダルト歌謡に関しては、より性愛の深度を深めていったものの、ヒットという点では遠ざかっていく。むしろ、歌謡曲全体がよりポップス化に偏り、若い世代への訴求を深めていったこともあり、セクシー歌手に関しては「男性誌のグラビアに水着で登場するような美女」を求められていった。ムード歌謡的なアダルトなお色気ニーズは、ヒットチャートとはまた別の水面下に潜っていったのである。

(次回更新は6月1日)

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