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2019.03.25

リットーミュージック

富裕層、若者層、ヤンキー層から形成される「湘南」のイメージ【第三回】

text by リットーミュージック編集部

"「湘南」はイメージである"という大胆な仮説を打ち出した書籍『「湘南」の誕生 音楽とポップ・カルチャーが果たした役割』が発売中だ。そのイメージは実は音楽や文学、映画などのポップ・カルチャーが作ったものである、というのが本書の主張である。その中身を5回に分けて紹介する3回目は村上春樹。

第3回

村上春樹と「湘南」

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辻堂海岸

 意外と村上春樹と「湘南」の関係を論じたものは少ない。しかし彼は鵠沼や大磯に住んでいたという事実もある。一連の『村上朝日堂』シリーズにはそれを裏付けるコメントも幾つか登場している。例えば1998(平成10)年の『村上朝日堂 夢のサーフシティー』の中に「こんにちは。ロングボードはいつも悩みのたねになりますね。僕は藤沢に住んでいるころは、自転車でしこしこと運んでいましたが、風が吹くとふらふら揺れて怖かったです。どうしようもなくて、人にゆずっちゃったけど」とか2001(平成13)年の『村上朝日堂 スメルジャコフ対織田信長家臣団』のホームページの中で、「こんにちは。僕は大磯に越してきてもう13年くらいになります。その頃に比べると、本当に環境が変わってしまいました。家も増えたし、車も増えました。緑も減ってしまいました。もっとも僕も、古い大きな屋敷のあとが分割されたところに家を建てましたので、そういう文句は偉そうに言えないのですが」とかだ。

 また前掲の『村上朝日堂 夢のサーフシティー』では、「屋根のないアルファロメオに「湘南」ナンバーをつけていると、気分は夏です。(中略)茅ヶ崎から葉山というのは、たしかに「加山雄三」的湘南の正統的な定義でしょう。平塚も、一部は湘南に入れていいような気がします。大磯は、僕の感覚からすると、べつに湘南じゃなくてもいいですね。どっちかというと、小田原の文化圏に近いですから。僕は一時期、藤沢の鵠沼に住んでいましたが、夏はむちゃくちゃ車が混むし、なんか住みにくかったです。大磯のほうがのんびりしていて(ラブホテルもパチンコ屋もない)、僕は好きです」と書いている。

 ウェブ上の噂レベルではまだ大磯に時折、現れるとかの記事も見つかったりする。実際、前掲した文章以外にも例えば「『スプートニクの恋人』はハワイのカウアイ島で書き、新しい作品『海辺のカフカ』は前半部をカウアイ島、後半部を日本(大磯という小さな海辺の町)で書きました」(『ペーパースカイ』No.10/2004年)という本人の記述もあり、「湘南」と深い関係にあったことが伺われる。

 『海辺のカフカ』の公式ホームページをまとめた『少年カフカ』(2003年)には、以下の記述も見える。

 僕は藤沢に住んでいるときは、よく南口の「久昇」に飲みに行ってましたよ。食べ物もおいしいですね。それから働いている人がみんな、老齢の領域にかなり足を踏み入れておられるご婦人ばかりで、楽しかったです。僕が通っていたのは15年くらい前のことなので、あのご婦人方は今ではさらにいっそう高齢の度合をアップされたのではないかと推測します。そのうちにまた行ってみたいです。

「久昇」は1946(昭和21)年開業の藤沢を代表する老舗居酒屋だ。村上が通ったのは鵠沼の時代だったのだろうか。名物の親子丼が有名な店だったが、残念ながら2017(平成29)年10月末で地元の人々に惜しまれながら閉店した。また江ノ島にある「ホノルル食堂」に関しては以下のような記述がある。

 こんにちは。9月10日まで休むホノルル食堂はとても優雅ですね。海辺のホノルル食堂の「お刺身ご飯」は安くておいしいので、お勧めです。昼間からのんびりとビールも飲めます。グラスにはほんのりと魚の匂いもついています。なかなかハングルーズでいいところですよ。サーファーがここでよく昼御飯を食べています。家が遠くなったので、残念ながら最近は行っておりませんが。

 なお都築響一、吉本由美との共著になる『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』(2004年)にも、このホノルル食堂は紹介されている。

 エッセイには「湘南」の話が満載だが、小説では意外に少ない。例えば1988年(昭和63)年の『ダンス・ダンス・ダンス』に辻堂(写真17)が出てくるが、稀な例である。この作品は1982(昭和57)年の『羊を巡る冒険』の続編といえるものだが、主な舞台は東京と北海道であり、出てきたのもほんの僅かである。

 町中を抜けて辻堂の海にでると、僕は松林のわきの駐車スペースの白い線の中に車を停めた。車の姿は殆どなかった。少し歩こうと僕はユキに言った。気持ちの良い四月の午後だった。風らしい風もなく、波も穏やかだった。まるで沖の方で誰かがシーツをそっと揺すっているみたいに小さく波が寄せ、そして引いていった。静かで規則正しい波だった。サーファーはあきらめて陸に上がり、ウェット・スーツを着たまま砂浜に座って煙草をふかしていた。 (『ダンス・ダンス・ダンス』 )

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