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2018.06.27

キーボード・マガジン

【Interview】松任谷正隆とエレクトリック・ピアノ|キーボード・マガジン2018年SUMMER号より

Text by Osamu Saito

ユーミンこと松任谷由実を1973年のデビュー・アルバム『ひこうき雲』から実に45年に渡って支えてきた松任谷正隆。その間に38枚のアルバムを作り、今年リリースした『ユーミンからの、恋のうた。』という3枚組ベスト・アルバムも大ヒットさせた。日本のポップス界でユーミンをゆるぎないものにした彼の仕事の何と広大なこと。その松任谷にローズを中心としたエレピの話をうかがった。ユーミンの洒落た雰囲気と耳新しいローズの音は相性が良く、そこにはキュートな未来が顔をのぞかせていた。松任谷とローズ、その出会いから現在での使い方まで話は多岐に及んだ。

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初めてエレピを見たのはピンク・フロイドの初来日

─初めてエレピを見たのはいつごろですか?

松任谷 僕が最初にフェンダー・ローズを見たのは、ピンク・フロイドが初めて日本に来た箱根アフロディーテというコンサートのとき(1971年)。そのコンサートには、日本のグループもたくさん出演していて、高中正義さんがベース、つのだ☆ひろさんがドラムをやっていたギターの成毛滋さんのグループとか、赤い鳥なども出ていた。そのときのトップで演奏したジャズ・ピアニストの佐藤允彦さんが、ローズの上にモーグMinimoogを乗せて弾いていて、それで初めてエレピとモーグを見た。

─どのような印象だったのですか?

松任谷 佐藤允彦さんは前衛ジャズをやっていて、それはそれでカッコ良かったけれど、僕の好きな音楽じゃないと思った。でも、新しい音にはやっぱり興味があったから、出てくる音にはワクワクしました。ただ、その音を自分だったらどう使うかまではイメージできていなかったけれど。

─翌年の1972年、小坂忠とフォージョーハーフというバンドに参加されます。このときはどんな楽器でステージをやっていたのですか?

松任谷 このあたりの1年1年はものすごく濃いんだよね。ドラムの林立夫に誘われてフォージョーハーフをやるようになって、ローズのステージ・ピアノを買ったんだ。だから、ステージでは、生ピアノとローズの2台を使っていた。

─実際に弾いてみて、エレピにはどのような印象を受けましたか?

松任谷 ローズには2種類あって、スーツケースと呼ばれているタイプは鍵盤の下にアンプが付いているけれど、ステージ・ピアノ・タイプには付いていないから、その都度違うアンプで演奏することになる。だから、アンプの良し悪しで音が左右されるのが不満だったな。スーツケース・タイプに付いてるあの特徴的なトレモロもないしね。でも、のちにスーツケースも3台買ったんだ。フェンダー時代に88鍵のものを買って、フェンダーの名前が取れて、"ローズ"だけになってからも買っている。フェンダー・ローズは第2世代のモデルだから、鍵盤がものすごく重かった。第1世代の鍵盤は、キックバックというか、"フニュ"という感じの微妙なリアクションがあってね。でも、あのリアクションがあるからビル・エヴァンスの『フロム・レフト・トゥ・ライト』(1971年)のあの音になるんだよね。打鍵したときにハネっ返りが強くて、2回叩いたみたいな感じになって、倍音が逆になるみたいに響く。それは第2世代の鍵盤では出ない音。僕がもっともローズっぽいと思うのは、その第1世代の音なんだよね。鍵盤も軽いし倍音が多いから、あの音は今でも好き。当時は、ハイエースにドラム・セットやアンペグのベース・アンプ、スティール・ギターとそのアンプ、そして、エレピを積んで運んでいたから、大変だった。

─その当時、ステージをやるのが嫌だった、ということをおしゃってますよね?

松任谷 そう。バンドにギターがいなかったから、スティール・ギターとキーボードでどうやってサウンドを作ればいいのかと、もやもやしていたからね。

─では、そのころ好きだったエレピのプレイヤーは誰でしたか?

松任谷 あのころは半年ごとに自分の好みが変わっていたから。音楽としてはキャロル・キングが好きだった。エレピ奏者としてはデイヴ・グルーシンかな。彼には影響を受けたね。リチャード・ティーや、アトランティック・レーベルの女性シンガーのマージー・ジョセフとかもよく聴いていた。それから、マリーナ・ショウの『フー・イズ・ジス・ビッチ、エニウェイ』(1975年)も大好きだったな。あとすごく影響を受けたのは、ダニー・ハサウェイ。特に『愛と自由を求めて』(1973年)にはとても影響を受けた。

─でも、ダニー・ハサウェイといえば、ウーリッツァーのエレピというイメージですよね?

松任谷 それは有名なライブ盤の『ライヴ』で弾いてるからでしょう。スタジオ盤ではローズを使っているよ。実はウーリッツァーは、カーペンターズが使っていたから嫌いだったんだ。

─カーペンターズ、嫌いだったんですか!?

松任谷 のちには好きになったんだけど、当時はみんながバカにしていたんだよ。自分ではたぶん嫌いじゃなかったんだけど、周りに意見を合わせていた(笑)。当時、僕らは歌謡曲のアンチテーゼとして出てきたでしょう。だからそういう意味で、ああいう王道は好きになっちゃいけないという空気があったんだな。バカだなあと思うよ、自分の意見を言っても良かったのに。一方で、フォークやロックといったジャンルで "俺たちはこれしかできねえ、文句あるか!"みたいな感じで出来上がっている人たちがいてね。例えば頭脳警察とか、そういうバンドがいっぱい出てくるミニ・フェスみたいなコンサートが多かった。で、僕はそれらのバンドを横目で見ている感じだったな。歌謡曲でもない、出来上がったロック・バンドでもない、そんな中で自分の音をひたすら探していた70年代初頭。だから、ローズのステージ・ピアノを使ってはいたけれど、どう使っていいのか分かっていなかった。さっきも言ったけれど、フォージョーハーフはギターがいないから大変だったんだよ。音のレンジを埋められないんだ。発想を変えればできたのかもしれないけど、あの時代はそれができなかった。メンバーには悪いけど、僕にとってそのときやりたい音楽じゃなかったんだ。

(続きはキーボード・マガジン 2018年7月号 SUMMERにて!)


キーボード・マガジン 2018年7月号 SUMMER

1,500(本体1,389円+税)

品種雑誌
仕様A4変形判 / 180ページ / CD付き
発売日2018.6.09

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