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2017.10.04

「フリフリ」〜カオシーな日本ロックの曙 by サエキけんぞう|エッジィな男 ムッシュかまやつより

Text by サエキけんぞう

日本の音楽シーンに大きな足跡を残したムッシュかまやつの魅力を掘り下げた書籍『エッジィな男 ムッシュかまやつ』が10月13日に発売される。著者は作詞家・アーティストとして活躍するサエキけんぞうとGS評論の第一人者、中村俊夫。ムッシュとは縁の深かったふたりが独自の目線と徹底的な取材により、唯一無二のアーティストであるムッシュかまやつの真価を愛情いっぱいに描き出す。いわゆる評伝とは一味違う「文化論」とも言える本書から、少し中身を紹介しよう。

スパイダースのディレクター、本城和治を始めとする何人もの人が証言する。「スパイダースが、日本初のロック・バンドだ」と。スパイダースが日本初のロック・バンドとするなら、1965年5月10日に歌謡曲のレーベル、クラウンから発売された「フリフリ」は、日本最初のロックのシングルということになる。

1964年2月にスパイダースに加入したムッシュは、輸入盤の『ミート・ザ・ビートルズ』を銀座で手に入れる。インタビューによっては1963年暮れに手に入れたと発言しているが、同アルバムが米国で発売されたのは64年1月20日なので、スパイダース加入と同時期に手に入れたと思われる。運命の出会いであった。このアルバムを早速メンバーに教え、日夜ムッシュ宅で研究を重ねたという。そして完成したのがこの曲。約1年の研鑽期間を経たことになる。

ムッシュとスパイダースの凄いところは、『ミート・ザ・ビートルズ』を「耳」で分析するだけで、そのリズムの仕組みとカンドコロを解読したことだ。

「ロック」とは何か? 日本では、近年まで手拍子をとらせると、パン、パンっと「アタマ」で拍子をとっていた。アイドル・ライヴの手拍子では今でも「パン・パ・パン」という手拍子が愛されているが、これはそんなアタマのりの香りが残っているのだ。

ロックは「ン・パン、ン・パン」と後ろの拍でとらなければならない。曲で1、2、3、4とリズムをとった場合、2と4に重心を置くことが重要なのだ。もともと日本人はそこでロックから脱落していた。こうした日本には存在しなかった黒人リズムの「バックビート」がロックのカンドコロだったのだ。「ウラ」でとるリズムのカンドコロを持つことがロックの入り口なのだ。

ムッシュとスパイダースの凄いところは、そこにとどまらなかったこと。『ミート・ザ・ビートルズ』を「耳」で分析するだけで、普通なら聞こえない音を聴いていた。ムッシュとお会いしてすぐに教えていただいたのが、『ミート・ザ・ビートルズ』の一曲目「抱きしめたい」のイントロあたまのことだ。

「ダ・ダ・ダン」というギターのイントロ・フレーズは、ただその音符を弾いてもあのような演奏にはならないよ!という指摘だ。「ダ・ダ・ダン」の前には、耳に聞こえない「ウン」という拍があると。「ウン」と身体にリズムをハネさせ、次の瞬間「ダ・ダ・ダン・ダン・ダ」というギターのイントロを弾くというのだ。「ウン」「ダ・ダ・ダン」で、初めてあのハジけた感じが出るというのだ。

聞こえない音「ウラのリズム」を感じる、それがビートルズを演奏するということだ。音符をすべて紙に書き出しなぞるクラシックとの決定的な違いである。だから譜面で演奏する当時の日本のオーケストラ奏者が、ヒット番組でビートルズを奏でてもつまらなかったのだ。黒人リズムの「バックビート」の本質は、記譜化できない部分にあると。

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エッジィな男 ムッシュかまやつ

品種書籍
仕様四六判 / 280ページ
発売日2017.10.13

さらにスパイダースの発見は続く。直線的なギターと対照的に、ドラム(スネア)演奏は、シャッフルにした方がいいというテクニックだ。シャッフルとは、ジャズ用語でリズムをスウィング的に「揺らしていく」こと。ジャストの位置で叩くのではなく、前後の早まったり、遅まったりのニュアンスを一拍一拍に加えていく。確かにリンゴもわずかに揺れている。これもジャズを演奏してきたムッシュを中心に発見したようだ。ギターはヘヴィメタのようにダダダダダとオン・リズムに弾くとロックっぽくなる。しかしドラムはシャッフルで揺れのニュアンスを入れ、それがジャストのギターに合わさると、俄然ロック的突進性を増すというロックの基本だ。これも試行錯誤で体得したという。

64〜65年はベンチャーズのようなエレキ・インスト・バンドが全盛となったが、ご本尊は別として、日本のコピーバンドでは、そんな論議はされなかった。ビートルズに学んだスパイダースがその群れとは全く別の感触を持つようになったのは、そんなカンドコロを『ミート・ザ・ビートルズ』でつかんだからだろう。

さて「フリフリ」の凄いところは、そうして体得したロックの基礎の上に「日本人らしさを出したい」と、三三七拍子という日本の伝統文化を欲張りにも取り入れたこと。「この日本的リズム導入は、リーダーの田辺昭知がムッシュに強く提案したもの」と当時のディレクターの本城和治氏は回想する。リーダーの強い海外進出への情熱がムッシュのロックセンスと融合したのだと。

せっかくバックビートのバンド奏法をマスターしたのに、アタマ打ちの日本リズムをカマせるとは、今から考えても凄まじい実験だろう。まだバックビート演奏も根付いてない日本で、そこにアタマ打ちをカブせてしまったら、本場ノリの真価が奥に隠れてしまわないか?

スパイダースとムッシュの凄さが誤解のように過小評価されているのは、ひょっとすると、このスタート時の難解な大発明のせいかもしれない。

もし本人たちが「ロック演奏の真髄をやっている」という能書きを垂れていたら、スパイダースこそが日本のロックの元祖であることが喧伝されたかもしれない。しかし作曲者ムッシュのあのヒャヒャヒャヒャヒャと、エラぶらない性格だ。全く威圧的にならず、伝わる人には伝わるだろうという、奥ゆかしい姿勢。しかもマチャアキには常にオチョクラれまくってる。だからロックの元祖と呼ばれることがなかった。その功績は今こそ後世に伝えなければならないだろう。

オリジナルのクラウン盤「フリフリ」はエレキ・ブームを意識したディレイ効果が全体にまぶされ、過激なサーフ的サウンドになっている。リズムも十分にタイトで強く、申し分ないロック的な出来だ。

詞も、「ダークな背広にブーツをはいて」と早くも英国ファッション、モッズ的ファッションを漂わせている。まだモッズを日本でほとんど誰も知らない1965年である。

クラウンからフィリップス・レコードに移籍し、大ヒット・バンドとなった後、英語を交えて「フリ・フリ'66」として再制作されたバージョンではさらにテンポアップされ、ギターもエッジが効いたソロを演奏、ロック度を高める。さらに映画サウンドトラック版では演奏し慣れて、ハードさを増した演奏も聴かれる。後年演奏されたバージョンはどれも迫力を増している。

それでも1965年クラウン盤「フリフリ」には、テクニックからではない得体の知れない妖気が漂っている。「上手さ」だけではない、何かを始める時にみなぎる妖気が音盤に刻まれる。それはまだノウハウも全く存在しないロックというジャンルに打って出るという気迫、それが霊気となってレコードに刻まれているのだ。

一方で三三七拍子をロックと融合したカオシーな試みについては、今のところ引き継がれていない。あまりにも応用が難しいシステムかもしれない。なお今後に期待したい。

「ウン」「ダダダン」、それはスパイダース・デビューのカオスの中で言下に発せられたロックのカンドコロであり、静かに後輩たちによって学習され、新しい伝統として日本にロックを定着させていった。

(続きは「エッジィな男 ムッシュかまやつ」にて!)


エッジィな男 ムッシュかまやつ

品種書籍
仕様四六判 / 280ページ
発売日2017.10.13