PICK UP

2018.03.29

リットーミュージック

須藤晃インタビュー/「初恋」は自分のなかでもベスト3に入るくらい良い仕事だった|『A面に恋をして』より

text by 谷口由記

シングルの表題曲が"A面"と呼ばれた時代に生まれた名曲について、歌い手自らが振り返る書籍『A面に恋をして 名曲誕生ストーリー』から、貴重な証言の数々を抜粋してお届けするインタビュー。第7弾は故・村下孝蔵のプロデューサーを務めた須藤晃が語る「初恋」。

須藤晃.jpg

村下孝蔵「初恋」

何度も何度も作り直した歌詞

―3パターンある「初恋」のデモ・テープを聴きました(2014年発売のCD『歌人選集』に収録)。最初の歌詞は、世界観は同じですが、まるで違うんですね。あんなふうに一度完成した歌詞でも、大胆に変えていくものですか?

 作り上げたものを聴いて、良い感じだけど何かが足りないなというのは、なかなか言葉では説明できない感覚だと思いますね。村下さんとは、結局20年くらい一緒に仕事をしたけど、僕のそういう感覚的なところを信頼してくれたんですよ。そのあとの「踊り子」も何回もやり直しています。僕もしつこいんでね、ときどき、「須藤さん、これでいいんじゃないの?」なんて言われたこともありましたけど。
 当時、僕は何の実績もなかったけど、会社から自分が思うようなものを作っていいって言われていたから、とにかくこだわったんです。歌のディレクターに限らず、物を作る人間って、そういうところがあると思いますよ。作詞家、作曲家にただ曲を発注しているだけではなく、作品そのものを世に出していく責任というんですかね。

―デモ・テープの変遷がすごく興味深かったのですが、3つ目の、発売されたものに近いバージョンで歌い方が変わっていますね。ソフトになっているというか。その理由はあったんですか?

 ありました。詞も変えて、曲もアレンジも出来上がったときに、みんなが中学、高校時代の感じに戻れるように、学生服を着て歌っている感じにしてほしいという注文を出しました。ソフトに感じるというのはそういうことだと思いますね。変な言い方ですけど、もっとアマチュアっぽく歌えってことです。

―なるほど。

 これまでたくさん曲を作ってきましたけど、これは自分のなかでもベスト3に入るくらい良いものを作ったと思う。実際、売れたからではなくて、仮に売れなくても、プロデューサー、ディレクターとして印象に残っている曲というのがあるんですね。この曲はすごく苦労して作ったし、正月をまたいで、家でもああでもないこうでもないって。ずっとヘッドホンで聴きながら作業していたのをよく覚えています。

初恋J.jpg

―それは詞の部分ですか?

 詞です。村下さんに無理を言って、いろんなパターンで歌ってもらって。「これでOK」と言って一度世に出てしまったら、極端な話、100年後もそのままなので、OKを出すまでは、すごく粘りました。

―それに対して、村下さんは?

 うんざりしていたと思いますよ。しかもテープにいちいち録音していたら時間がかかるから、電話口で歌ってもらうんですね。昔はエラいアナログな感じでやっていましたよ。でも、2人きりでずっとそんなふうにしてやっていたのは、一番の思い出ですね。
 「良い曲だけど、ふりこ細工の心って変だぞ」とか、いろんなことを言う人がいるんですよ。僕が「それじゃなきゃダメなんです」と言っても、当時は駆け出しのディレクターですから、「お前、わかってないな」ってさんざん言われましたよ。でも結果的に、僕が作ったシングルで最初に売れたのがこの曲なんです。誰の意見も聞かないで、自分がこうじゃなきゃいけないと思う、そのままにやった最初の仕事でした。
 あのころは、村下さんも一番乗っていたけど、身体を悪くしてね。毎日、2万も3万もバックオーダーが来るということは、もう曲が独り歩きしているから、あの人がずんぐりした感じで歌うよりは、曲だけが流れているほうがいいと思って、音楽番組とかも一切出なかったんです。「初恋」って、タイアップは何もないんですよ。あの人のヒット曲って、タイアップがないものばかり。それだけ、曲が強いんですよ。
 玉置浩二さんが2014年に、亡くなった人の曲をカバーする『群像の星』というアルバムを出したときに、「初恋」を歌ってくれたんですけど、そのときに「村下さんのこの感じで完結していて、本当にカバーするのが大変だ」と言っていましたよ。あれはね、簡単そうで、すごく難しいんです。本当によくできた曲だと思いますね。

―玉置さんでさえも、難しいと思うんですね。

 よくよく聴いてみると、あんな空気感を持っている歌はないですからね。村下さんが亡くなってからも、彼のような人がいたら一緒に仕事をしたいと思うけど、いないからね。いない。ちょっとフォークの残り香がありつつ、石原裕次郎さんや北島三郎さんの曲もバイトで歌っていたから、「歌とはこうあるべき」というものが身体に染みついている人だったんですよ。亡くなる前に、「村下さん、歳を取ったら一緒に演歌をやろうよ」なんて言っていたんですけどね。46歳で亡くなってしまいましたから。いくらなんでも、早すぎますよ。

(続きは書籍『A面に恋をして』にて!)

すどう・あきら●1952年富山県生まれ。東京大学文学部を卒業後の1977年、CBS・ソニー(現・SME)入社。尾崎豊、村下孝蔵、玉置浩二、石崎ひゅーいらの制作パートナー。カリントファクトリー代表取締役。 http://www.karinto.co.jp/

むらした・こうぞう●1953年熊本県生まれ。1980年、「月あかり」でデビュー。「ゆうこ」「初恋」「踊り子」などのヒット曲を残し、1999年6月24日に急逝(享年46歳)。『ひとりぼっちのあなたに~村下孝蔵選曲集~』(ソニー・ミュージックダイレクト)が発売中。 http://www.murashita-kozo.com


A面に恋をして 名曲誕生ストーリー

1,296(本体1,200円+税)

品種書籍
仕様四六判 / 192ページ
発売日2018.03.16

1