リットーミュージック

DISC 1

1Back In The U.S.S.R.

バック・イン・ザ・U.S.S.R.

1968年8月22日、23日、アビイ・ロード第2スタジオで録音

曲はいまだに現役だが、詞に登場するBOAC もU.S.S.R. もすでにない

 「サーフィンU.S.A」がチャック・ベリーの「スィート・リトル・シックスティーン」の盗作だと訴えられたビーチ・ボーイズのサウンドをパロディにしている。詞の中に登場する「BOAC(British Overseas Airways Corporation)」も「U.S.S.R.(ソビエト連邦)」もすでになくなっている、というほど時間がたっているにもかかわらず曲の古さは微塵も感じられない

 インドのリシケシュでマハリシの講義を受けた際に同行していたビーチ・ボーイズのマイク・ラヴが、ポールから弾き語りでこの曲を聴かされたとき、ロシアの女の子のことを歌ったほうがいいと助言をしたことを受け、ロシアの歌にした。ポールはマイアミ・ビーチに到着したばかりのプライドが高いロシア人旅行者という設定の歌にした。アメリカに来たのにグルジアの山々が懐かしくて仕方ない、というイメージで書いた。

 タイトルはチャック・ベリーの「バック・イン・ザU.S.A.」のパロディである。元々チャック・ベリーのオリジナルは、数ヵ月前に自分を監獄にぶち込んだアメリカに対しての、皮肉たっぷりのアメリカ賛歌だった。

 すでにないBOAC やソビエト連邦だが、ポールのユーモア感覚でレイ・チャールズの名曲「ジョージア・オン・マイ・マインド(わが心のジョージア)」のように「Georgia’s always On My Mind(わが心のグルジア)」と歌った。英語表記はグルジアも「Georgia」である。

 余談だが、ポールの歌で、ウクライナを英語では「ユークレイン」と発音することも知った。ジョンの「♪ da, da, da, da」の低音パートは2回目の「♪ And Moscow girls make me sing and shout」のバックでは半音ずつ下がるフレーズになっている。

この曲はリンゴが演奏していない

 全体にジョークとポップ感があふれた作品。このアルバムのレコーディングの最中、ビートルズのメンバーの仲はどんどん悪化していった。リンゴは他のビートルズが好き勝手にレコーディングをしているため、お呼びがかかるまでチェスなどで時間をつぶしていることが多かった。

 「バック・イン・ザU.S.S.R.」のレコーディングの最中、リンゴのドラムが少しトチったことをポールがからかったことで、とうとう堪忍袋の緒が切れたリンゴはこの日、ついにビートルズを脱退した。このリンゴの脱退劇は極秘にされた。

 しかしリンゴがいなくても、レコーディングは中止しないで進められた。そのためベーシックなリズム・セクションはポールのドラムス、ジョージのリード・ギター、ジョンのフェンダー6弦ベース(Fender Bass VI)で演奏されている。

 このフェンダー・ベースVI は1弦から6弦までギターと同じチューニング。ただし、弦がギターより太く、ギターの1オクターブ低い音である。3弦から6弦までが普通のベースと同じ高さのチューニングになっている。ギタリストにはなじみのあるポジションで弾けるため、ジョンはこの楽器で弾いたのだろう。ちなみにジョンは「ロッキー・ラックーン」、ジョージは「ハニー・パイ」、「ヘイ・ジュード」、「オールド・ブラウン・シュー」などでこのベースを弾いている。

 その事実がわかるまでポールのドラムとは気がつかなかった。確かにリンゴ独特のフィルなどはなく、ちょっと物足りないが、ノリは充分である。リンゴがいなくてもここまでできてしまうのでは、リンゴが自分の立場を悩むのもよくわかる。それにしてもリンゴ・スターなしで、レコーディングを進めてしまうビートルズは、やはりすでに半分解散していたんだと思わされる。

 アップテンポのロックン・ロール。イントロはジェット機のSE の中にギターのチョーキングが一発という始まり。ロックでよくあるのは「♪ A → D → E7 → A」というコード進行だが、「♪ A7 → D7 → C7 → D7」というように「♪ D7 → C7」へ下がるというのは珍しいパターンだった。

 「♪ I’m back in the U.S.S.R. you don’t know her lucky you are boy」のコードが「♪ A → C → D」と変わる部分のギターと6弦ベースが弾くリフが非常にカッコいい。決めの「♪ Back in the U.S.S.R」の2回目は「♪ Back in the U.S, Back in the U.S, Back in the U.S.S.R」と繰り返し、緊張感を出している。ポールがアコースティック・ギター1 本で歌うデモ・テープが残っているのだが、この3回繰り返すところはそのデモ・テープの段階ですでに出来上がっていた。

 この「♪ Back in the U.S, Back in the U.S, Back in the U.S.S.R」ではジョンが下のハーモニーをつけている。ポールのメロディは3回とも「♪D(Back)→ A(in the)→ D(U.)→ D(S.)」と同じなのだが、ジョンは1回目と3回目は「♪ A(Back)→ A(in the)→ A(U.)→ A(S.)」と歌い、2回目のハーモニーだけを「♪ G(Back)→ G(in the)→ G(U.)→ G(S.)」に変えている。

 サビのコーラスがファルセットで「♪Woo ~」と」歌い、低音が「♪ Da,da, da, da」と歌ってビーチ・ボーイズの雰囲気を出している。この部分のコードは1回目は「♪ D → D → A → A7」と弾き、2回目が「♪D・C# →C・B → E7 → D7 → A」となり「♪ B7 → E7」でアタマに戻る。メロディの繰り返し部分のコード進行は「♪ D → D# → E7」とであるが、サビの終わりは「♪ B7 → E7」になっている。

 サウンドを華やかにするために、間奏の後「♪ Let me hear your balalaika’s ringing out」のメロディ部分のバックでギターが「♪タララララララ」と聴こえるのは、1弦の17フレット目の「A」の音をトレモロで弾いて、ロシアの楽器バラライカのイメージを出しているのだ。

 ポールはピアノのオーバー・ダビングでもノリのある演奏をしている。ジョンやジョージによるベースやドラムの追加の音もオーバー・ダビングされているということだ。リンゴのいない分をカバーしたのだろうか。エンディングはギターのリフにファルセットとジェット機のSE で終了。アルバムのオープニングに相応しいスピード感のある曲に仕上がっている。

 しかし、リンゴが演奏していない曲をアルバム、しかも2 枚組のトップの曲に選んでしまうという大胆な決定もビートルズならではだ。

<使用楽器>
ジョン:フェンダー・ベースVI
ポール:ドラムス、リッケンバッカー4001S、フェンダー・エスクワイア、ピアノ
ジョージ:フェンダー・ストラトキャスター、フェンダー・ジャズ・ベース
リンゴ:不参加