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  • アフターケア

2017.08.23

ロスト・ミュージック・オブ・アメリカーナ

『ロスト・ミュージック・オブ・アメリカーナ』(2017年2月24日発売)にて、以下の誤りがありました。読者ならびに関係者の皆様にご迷惑をおかけいたしましたことを深くお詫び申し上げ、ここに訂正させて頂きます。

P2(口絵)上段右から三番目

ブラインド・ウィリー・ジョンソンを描くべきところ、ブラインド・ウィリー・マクテルを描いた。

P23 11行目

【誤】アンディ・イオナ
【正】アンディ・アイオナ

P30 15行目

【誤】「ホーン・セクション」
【正】「サックス・セクション」

P31 6~7行目

【誤】エドワード・ケネディ・デューク・エリントン
【正】エドワード・ケネディ・エリントン

P31 13行目

【誤】1961年
【正】1916年

P32 13行目

【誤】白人勢の
【正】白人がリーダーの

P56 6行目

【誤】「Waking Blues」
【正】「Walking Blues」

P74 15行目

【誤】Eddy Lang
【正】Eddie Lang

P75 13~14行目

【誤】ジャック・ゴールドケテル
【正】ジーン・ゴールドケット

P76 20行目

スヴェン・アスムッセンを削除

P79 19行目

【誤】(ジャズ・ベース)
【正】(ドラムス、パーカッション)

P82 12行目

【誤】シカゴ地区
【正】ケンブリッジ

P82 17〜18行目

【誤】シカゴ・ボストン大学
【正】ボストン大学

P89 12行目

【誤】フォートワース
【正】アボット

P100 3行目

【誤】ストラト・キャスター
【正】ストラトキャスター

P100 13行目

【誤】一般的なものになっている
【正】珍しくない

P104 6行目、15~16行目
【誤】陽気に騒ごう
【正】陽気に行こう

P120 11行目

【誤】Susie-Q
【正】Suzie-Q

P128 19行目

【誤】2人の
【正】キャッシュと先妻ヴィヴィアン・リベルトとの 

P129 13行目

【誤】次いで
【正】のちに

P130 2~3行目

【誤】Girl Of The North Country
【正】Girl From The North Country

P140 下段のアルバム紹介

【誤】Corina Corina
【正】Corrine Corrina

P150 2行目

【誤】インスト盤
【正】アルバム

P158 17行目

【誤】プロの道を歩みはじめる。その後、ホーボーケン・フォアとしても活躍し、
【正】グループはホーボーケン・フォアとして活躍した。

P160 14行目

【誤】数年のブランクの後、
【正】3年後の

P163 8行目

【誤】Sam Antonio
【正】San Antonio

P170 16行目

【誤】アダムス・コール
【正】アダムス・コールズ

P175  16行目

【誤】『Flying Down Rio
【正】『Flying Down To Rio

P190 13行目

【誤】ロック・評論家
【正】ロック評論家

P202 16~17行目

【誤】自らが書き下ろした自伝
【正】自伝

P228 16行目

【誤】6歳
【正】7歳

P228 下段のアルバム紹介

【誤】⑭Hit The Road JackBlue Moon Of Kentucky
【正】⑭Hit The Road Jack⑮Blue Moon Of Kentucky

P229 2~7行目

【誤】スウィング・タイム・レコードからお声が掛かり、「Baby,Let Me HoldYour Hand」を録音したのだ。
 デビューしたが、レコードは売れずじまい。失意にくれたが、神が味方した。アトランティック(47年、アーメット・アーティガンとハーブ・エイブラムスンが共同で創設したレコード会社)から契約オファーが舞い込んできたのだ。レイの才能を高く評価したオーナー兼プロデューサーのアーメットは、51年、レイと専属契約を交わした。
【正】ダウンビート・レコード(のちのスウィング・タイム・レコード)からお声が掛かり、「Confessin' Blues」を録音したのだ。その後、スウィングタイム・レコードから「Late In The Evening Blues」(50年)、「Baby,Let Me Hold Your Hand」(51年)、「Kiss Me Baby」(52年)などをリリース。後の2曲はR&Bチャートのトップ10に食い込むヒットとなった。 
 そして、52年、アトランティック(47年、アーメット・アーティガンとハーブ・エイブラムスンが共同で創設したレコード会社)から契約オファーが舞い込む。レイの才能を高く評価したオーナー兼プロデューサーのアーメットは、レイと専属契約を交わした。

P229 7行目

【誤】「Mess Around」
【正】「Roll With Me Baby」

P234 13行目

【誤】65年発売の『Price Of Love』
【正】62年発売の『The Golden Hits of The Everly Brothers』

P238 10行目

【誤】何者か
【正】宿泊していたモーテルの女主人、バーサ・フランクリン

P241 15行目

【誤】「Pink Peddle Pusher」
【正】「Pink Pedal Pushers」

P244 6行目

【誤】全米
【正】R&Bチャート

P244 9~10行目

【誤】チャールズ・エドワード・ベリー
【正】チャールズ・エドワード・アンダーソン・ベリー

P244 12行目

【誤】傷害事件を引き起こし
【正】強盗と車の窃盗により

P245 16~17行目

【誤】この結果、英国生まれのロック・グループは、チャックやカールのヒットをカヴァーするものが続出した。
【正】ちなみに、チャックやカールのヒット曲は英国生まれの多くのロック・グループにカヴァーされている。

P245 20行目

【誤】チャック・ベリーのヒット作の
【正】チャック・ベリーの

P246 1~2行目

【誤】ビーチ・ボーイズのカヴァー「Sweet Little Sixteen」
【正】ビーチ・ボーイズの「Surfin' U.S.A.」の元曲となった「Sweet Little Sixteen」

P246 14行目

【誤】「Particular Place To Go」
【正】「No Particular Place To Go」

P246 15~17行目

【誤】66年マーキュリー・レコードに移籍。ところが再び人気が下降してしまった。チェスでのヒット曲再録音でお茶を濁したのが災いした。67年チャック初のマーキュリーLP『In Memphis』が発売された」。
【正】66年、マーキュリー・レコードに移籍。チェス時代のヒット曲を再録音した『Chuck Berry's Golden Hits』を発売する。ところが再び人気が下降してしまった。過去のヒット曲再録音でお茶を濁したのが災いしたのだ。67年、マーキュリー初のオリジナル・アルバム『In Memphis』を発売。

P246 19~20行目

【誤】 新天地マーキュリーでの初ヒットは、移籍から6年余りたった72年に発売された「My Ding A Ling」
【正】のちにチャックはチェスと再契約して72年に「My Ding-A-Ling」のヒットを飛ばす。

P250 14~16行目

【誤】 大ヒット映画『ブルース・ブラザーズ』(80年公開)の冒頭で聴かれる黒人ジャンプ・ブルースの雄、ルイ・ジョーダンのヒット作「Choo Choo Boogie」は、ビル・ヘイリーのヒット「Chattanooga Choo Choo」に触発されたものだ。こうした事情も、アメリカン・ミュージックの奥深さを物語っている。
【正】削除

P254 19~20行目

【誤】作詞作曲家として真価を発揮したのは、フランク・シナトラで大ヒットした「My Way」。もちろん自らの録音もヒットした。
【正】削除

P257 下段のアルバム紹介

【誤】The Louvin Brothers
【正】Various Artists

P264 1行目

【誤】銀盤
【正】鍵盤

P264 12行目

【誤】ヒューイ・ピアノ・ルイス
【正】ヒューイ・ピアノ・スミス

P265  5行目

【誤】ワイノリー・ハリス
【正】ワイノニー・ハリス

P268 17行目

【誤】ミシシッピのデルタ(三角州)
【正】ミシシッピのデルタ

P268 18行目

【誤】デラ・グランド
【正】デラ・グラント

P270 11行目

【誤】70年中盤以降、マディについて語られることが少なくなり、名前が忘れられる寸前だった。 
【正】70年中盤以降、マディについて語られることは少なくなったが、

P272 4行目

【誤】 昭和10年代
【正】 昭和40年代

P272 10行目

【誤】C・J・フランクリン
【正】C・L・フランクリン

P273 9行目

【誤】69年
【正】67年

P274 12行目

【誤】黒人系ミュージシャン
【正】黒人ミュージシャン

P280 18~19行目

【誤】エリザベス・コットン(通称リーバ)は、軽妙洒脱なスリー・フィンガー・ピッキング・ギターの名手で、
【正】エリザベス・コットン(通称リーバ)は、軽妙洒脱なスリー・フィンガー・ピッキング・ギターを持ち味とし、

P281 15~16行目

【誤】兄のシーガーとマイクは
【正】兄のピートとマイクは

P281 18行目

【誤】ペギー家
【正】シーガー家

P287 8行目、13行目

【誤】「Stacklee」
【正】「Stackalee」

P292 9行目

【誤】1983年
【正】1893年

P299 4行目

【誤】42年
【正】49年

P304 13行目

【誤】「Ballad of Holis Brown」
【正】「Ballad of Hollis Brown」

P308 15行目

【誤】81年録音の
【正】81年リリースの

P310 18行目

【誤】初出版は1933年のことで、テキサスに移り住んでからの『Cowboy Songs And Frontier Ballds』だ。
【正】初出版は1910年のことで、『Cowboy Songs, And Other Frontier Ballads』だ。

P311 下段のアルバム紹介

【誤】Alan Lomax
【正】Various Artists

P315 10行目

【誤】アラン・ローマックスとジョン・ハモンドが主催した 
【正】ジョン・ハモンドが主催した

P318 下段のアルバム紹介

【誤】④Talking Union-The Almanax Singers
【正】④Talking Union-Almanac Singers

P320 18行目

【誤】Master Of War
【正】Masters Of War

P323 下段のアルバム紹介

【誤】Jean Ritchie
【正】Jean Ritchie & Doc Watson

P324 14行目

【誤】Master Of War
【正】Masters Of War

P326 10行目

【誤】例の事故(隠遁中のウッドストックでのバイク事故)
【正】例の事故(隠遁生活のきっかけとなったウッドストックでのバイク事故)

P334 18行目

【誤】その結果、
【正】それも手伝って、

P343 9~10行目

【誤】オールマナック・シンガーズの録音をボックスセットとして41年に発表した。このアルバムの表題は『Deep Sea Chanteys And Whaling Ballads / Sod-Buster Ballads』
【正】オールマナック・シンガーズの録音を2枚のSPとして41年に発表した。それぞれ「Deep Sea Chanteys And Whaling Ballads」「Sod Buster Ballads」である。

P355 12行目

【誤】Hoskyns, Barne
【正】Hoskyns, Barney

巻末CD解説 前文

【誤】ロックを生んだ偉大なアメリカというイメージを払拭させる
【正】ロックを生んだ偉大なアメリカというイメージの下地となった