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2006年04月07日

人はみな平等と思うとき その2

今日はデイヴ・ギルモアの22年ぶりのソロ・アルバム
『オン・アン・アイランド』をBGMに書いています。
中学生の時に聴いた『原子心母』にノックアウトされ,
それ以来,むさぼるように
ピンク・フロイドの作品を聴き継いできました。
『雲の影』『おせっかい』『狂気』『炎』そして『ザ・ウォール』,
どれもこれも素晴らしく,ギルモアのギターは光っていました。
『ザ・ウォール』で確立された
あのひきつれるようなストラトのトーンは
それ以来いささかも揺らぐことなく,
孤高の響きを放ち続けています。
このソロ・アルバムでも,その魅力がたっぷり味わえますよ。
我を忘れて一枚聴き通したのは,久々です。

ちなみに,ギルモアの最新インタビューを6月号(次号ではない)
でお届けしますので,ぜひお楽しみに。

さて,今朝,立ち寄ったいつもの駅のトイレ。
相変わらず大のほうには行列ができていましたが,
今日はいつもと少々違う様子。
モップを持った掃除のおじさんが列の先頭に並んでいたのです。
そのうしろに,切ない顔をした若い男子二人。
めったにない取り合わせです。
この光景が目に入った途端,
おいらの頭はものすごい早さで回転し,状況を把握しました。

当然ながら,男子二人は一秒でも早くトイレに入りたい。
対しておじさんは,手早く掃除をすませたい……のだと。

これは困ったことになったぞ。

いや,別においらが困るわけじゃないんですが,
おじさんと男子二人は異なる立場で困っていたはずです。
それが証拠に,おじさんと二人はちらちらと互いを伺って,
なんとなく牽制し合っている様子。
しかし,ココが不思議なところですが,
どちらも一言も言葉を発しないんですよ。
これが欧米人なら,互いに互いの立場をのべ,
いかに自分のほうが正当性が高いか主張して
自分の利益になる行動をとりそうなものですが,そうはならない。
じっと押し黙ったまま,ときどきチラと目をやるばかり。

本当に日本人の男というのは不思議ですね。
もちろんおいらも日本人の男ですから,
どうしてそうなるかの心理的メカニズムは
手に取るようにわかりますが。

うわ〜,この先どうなるんだろう。
どちらかがひとこと言えば,事態は一変するのに。
例えば,おじさんなら
「悪いけど,先に掃除をしたいのでよそへ行きなさい。
これが私の仕事だからね」
男子二人なら「そんな冷たいこと言わないで,先にさせてくださいよ」と。

トイレを出る時も状況は変わっていませんでした。
先にトイレに入れたのはどちらだったんでしょう。
さすがのおいらもそれを最後まで見届けるほどヒマではないので,
返す返すも残念ながらトイレをあとにしました。

でもなあとふと思います。
おじさんも単にトイレに入りたかっただけかも。

桜ももうおしまいですね。

その1はこちら

投稿者 ギター・マガジン編集部 : 2006年04月07日 15:04