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2005年10月12日
1980年の私的名盤ファイルその1
ジョン・レノンが亡くなった時の話を書いたら,
突然,25年前のあの時代の出来事が怒濤のように胸に押し寄せてきて,
あの頃,おいらは一体どんな音楽を聴いていたんだろうなと
反芻せずにはいられなくなりました。
そこで,しばらく「私的1980年名盤ファイル」をやってみたいと思います。
当時おいらはとにかくヒマさえあれば音楽を聴いているか,
ギターを弾いているかどちらかで,
ラジオから流れる気に入った音楽をチェックして,
レコードを買いに走ったり,友人に借りたりと忙しい毎日でした。
そんな時に出会ったのが山下久美子です。
たまたま聴いていたFMラジオに久美子
(こう呼ぶと引く人がいるかもしれませんが,あえてこう呼称します)
がゲスト出演していました。
流れてくる音楽はとびきり素敵で,声もおいらの好み。
「バスルームから愛をこめて」という曲でした。
その時の放送では,
「九州から出てきたばかりでまだ右も左もわからなくて〜」
みたいなことを言っていたのを覚えています。
他にも何曲かかかったのですが,そのどれもが
ちょっと体験したことのない種類のもので,
とてもハートをくすぐられました。
さっそくおいらは愛車のヤマハのミニトレをかっ飛ばし,レコード屋へ。
入手したのがデビュー・アルバム『バスルームから愛をこめて』です。
↓
たぶん一般的な認識としては,
山下久美子といえば「赤道小町ドキッ!」から続く「総立ちの女王」時代,
あるいはその後の布袋寅泰と組んだ時代だと思いますが,
あくまで久美子の原点はこのアルバムなのです。
今だからこそ言えますが,このアルバムは
ティンパンアレイ系の隠れ名盤であり,
日本のポップスの才能が結集して作り上げた
宝石のような作品です。
それと同時に、次の時代への端境期に位置する歴史の証人的な
アルバムでもあります。
つまり、これをもっていわゆるティンパン・サウンドなるものは
終わりを告げたと言っても過言ではないでしょう。
当時まだ勉強不足だったおいらはティンパン系とは何なのか,
ティンパン系のミュージシャンとは誰なのかとか
意識していませんでしたし,
とにかく,まず曲がいいこと,
アレンジが妙に洒脱でグルーヴィなこと,
そしてミュージシャンの演奏能力が高いことなどに感動を覚え,
それらをバックに歌いこなす久美子の実力は
相当なものだと思いながら聴いていました。
ここでミュージシャンのクレジットを記してみましょう。
プロデューサーは松任谷正隆(この時点で,気づく人は気づいたはず)。
アレンジは鈴木茂と松任谷正隆。
以下ミュージシャンを列挙しますと,
ドラム:林立夫/渡嘉敷祐一
ベース:後藤次利/高水健司/岡沢章ほか
ギター:鈴木茂/徳武弘文
アコギ:吉川忠英/笛吹利明
キーボード:松任谷正隆/山田秀俊
パーカッション:斎藤ノブ/ペッカー
というわけです。
どうでしょうか。これだけでも聴きたくなった人がいるのでは?
細野晴臣こそいませんが,誰がどう見ても,
ティンパンサウンド以外の何者でもないことがわかるでしょう。
おいらは,今に至るまでこのアルバムを愛聴していますが,
まったく色あせていないばかりか,この時代だからできた
人力グルーブ・ポップのクオリティの高さに驚嘆します。
おそらくいま中古盤屋では,不当に安い価格で売られていると思いますが,
紛れもない傑作ですので,興味のある人は買ってみることをお薦めします。
ここには,「赤道小町」の久美子も
「総立ちの女王」の久美子もいません。
まるでペギー・リーかローズマリー・クルーニーかと思うような
ソウルフルかつポップかつスウィートなひとりのシンガーがいます。
ディーバなどという言葉は
近頃ずいぶん安っぽいコピーになってしまいましたが,
彼女こそ,80年に存在した確かなるディーバでした。
このアルバムの中でおいらが一番好きなのは
「バスルームから愛をこめて」という曲です。
歌ももちろんいいのですが,ギター・ソロが絶品!
もう悶絶ものの気持ちよさです。
弾いているのは,何を隠そう我らがDr.Kこと徳武さんです。
エイモス・ギャレット風のとろけるようなフレーズ。
これは本当に素晴らしい! いくらほめてもほめたりない。
なんとかコピーしようとチャレンジしましたが,
あの微妙なチョーキングのニュアンスがどうしても再現できず,
悔し涙を流すこと数十回。
身も心もメロメロになるようなソロです。
このソロを聴くだけで,このアルバムは「買い」!
その後も,おいらは久美子を追いかけ続けました。
大学に入り横浜に住むようになると,コンサートにも行きました。
↓
このコンサートの感激は今でも忘れることができません。
(しかし,この頃のチケットは味がありますね)
そして,この際だから告白しますが,
その後,久美子がバック・ギタリストを募集したことがあり,
おいらはそのオーディションを受けたのです。
(書いた途端に赤面しますね)
課題曲を一生懸命練習して,ラジカセに録って
当時の所属事務所である渡辺プロに送りました。
結果は,テープ審査でものの見事に落選。
心底ガッカリしました。
そして月日は経ち,おいらはリットーミュージックに就職。
数年後にギター・マガジンに配属になりました。
配属になったその年に,あるギタリストのインタビューをしたのですが,
その相手は,実は久美子のバック・バンドが1本立ちして
ソロ活動するようになったバンドのギタリストでした。
つまり,おいらがあの時落ちたオーディションで合格した
ギタリストにインタビューしたのです。
これは本当の話です。
運命とはある意味『赤い運命』以上の
悲劇をもたらすのだと学習しました。
なんにせよ,この『バスルームから愛をこめて』。
まったく先入観もなしに聴いてもいいアルバムですし,
ティンパン・サウンドの有終の美として聴けば
もっともっとその良さがわかると思います。
80年という年は,70年代でも80年代でもない特別な年のようで,
どちらにも属さない独特の味を持った名盤がたくさんあります。
そんなアルバムについて書いていきたいと思います。
それではまた明日。
投稿者 ギター・マガジン編集部 : 2005年10月12日 18:23
















そういえば一緒に行きましたね、横浜でのコンサート。
懐かしや・・・。
投稿者 YOH : 2005年10月14日 16:41
私はアルバム「雨の日は家にいて」を愛聴してました。
タイトル曲のほかにもSo Young, あたしの主義, シャンプーは今でも口ずさめちゃう。
投稿者 じ☆ねえ : 2005年10月14日 23:12
『雨の日は家にいて』も名盤ですよね。
僕も今でも聴いていますよ。
「メリーよ急げ!」が好きでした。
考えてみれば、久美子もデビュー25周年なんですよね。
再評価されるべきシンガーです。
投稿者 変酋長 : 2005年10月15日 01:10